デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年7月1日水曜日

今日から夏場のランニングスタート

 


奪われる水分と、それでも渇かない希望──「共に生きる」という余白

71日。新しい月の始まりは、やはり走らなければと靴紐を結びました。 しかし、走り出したのはいつもより2時間も遅い、5時過ぎのこと。この「2時間の差」が、夏の入り口ではどれほど過酷な意味を持つか、身をもって知ることになりました。

足を前に進めるほどに、容赦なく照りつける熱い太陽の光が、体からどんどん水分を奪っていきます。 息が上がり、最後の道のりがひどく険しく感じられました。「いよいよ、水を持参して走らなければならない時期が来た」と、夏の圧倒的な力を肌で受け止めました。

 


季節への適応と、新しい計画

この自然の厳しさを前に、今日から9月までの約3か月間、夏場のランニング計画を新しく設定し直すことにしました。

  • 頻度: 無理をせず、一日おきに走る
  • 距離: 1回の距離を20キロ程度にとどめる
  • 目標: 月に15日間、合計300キロを走る

環境の変化には抗わず、自分の体を守りながら長く走り続けるための、一つの適応です。

 


変わる世界と、変わらない人間の渇き

熱を帯びた外の世界から家に戻ると、そこには穏やかな時間が流れていました。 今日は水曜日。娘は午後から学校へ向かうため、午前中の家の中には少しだけ「心の余裕」とも呼べる、静かな余白があります。

 


冷たい水を飲み、一息つきながら、ふと考えました。 世の中はめまぐるしく、頻繁に変化を続けています。しかし、その変化の中で、決して変わらないものがあります。

人間の欲、憎しみ、憎悪、ねたみ、そしてそれらが引き起こす犯罪、事件、戦争……。 人間が生きている限り、この悲しい営みは絶えることがないのでしょう。それはまるで、今日私から水分を奪った強烈な太陽のように、私たちの心から潤いを奪い、世界を乾かしていく現実です。

 


余白を分かち合い、「一緒に生きる」

そんなどこまでも乾いた世界の中で、希望を見出して生きることは、時にひどく難しい作業に思えます。 それでも、私たち人間は、希望なしには生きられない存在です。かすかでも希望がある限り、何度でも立ち上がり、歩み続けることができます。

問題は、「その希望を何に置くか」ということですが、まずは一つの事実を受け入れるしかありません。 それは、「とにかく生きる」ということです。 生きることを決めたのなら、自分に与えられた今日という命を、精一杯に生き抜くこと。

そしてもし、水曜日の午前中のような「少しの心の余裕」が自分の中にあるのなら。 その小さな余白を使って、誰かと「一緒に生きること」を選ぶのです。

 


聖書は、私たちが孤独の中で渇きに耐えるのではなく、互いの重荷を負い合い、愛をもって共に歩むようにと語りかけます。悲しみの絶えない世界に確かな潤いをもたらすのは、その「一緒に生きる」という静かな決意なのだと思います。

夏の太陽はこれからも容赦なく私たちを照らしますが、心に余白と希望の水を携えて、また今日という一日を踏み出していきましょう。

今日も、共に前進です。

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