デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

https://heyzine.com/flip-book/40adf6eb52.html https://heyzine.com/flip-book/e25ac741f2.html https://heyzine.com/flip-book/ce3de770c6.html

2026年7月16日木曜日

朝ラン21キロ完走

 


滝のような汗と21キロの道程:それぞれのペースで、今日を生き抜く

### 重い足取りと、静かなる闘い

昨夜23時起床、仕事とノアの散歩を終えて、午前2時に二度寝。そして午前4時半、決然と起床し、静かに支度を整えてランニングをスタートさせました。

今朝のコースは西公園方面。外に出た瞬間、肌にまとわりつくような容赦のない湿気が全身を包み込みました。走り出すと、まるで滝のように大量の汗がとめどなく流れ落ちていきます。足は鉛のように重く感じられました。爽やかな季節であれば、風を切って軽やかに進む足取りも、このような時期には、ただ一歩を前に進めるためだけの「強い意志」が要求されます。呼吸を整え、重力を一身に受け止めながら、21キロの道のりを走り抜きました。朝のランニングは、いつだって自分自身との静かなる闘いです。

 


### 伴走者の恵みと、孤独な静寂

走りながら、ふと、走り始めたばかりの初心者ランナーの方々のことを思いました。 これほどまでに湿気が高く、足が重い日には、「今日は休もうかな」という甘い誘惑が必ず心をかすめるはずです。そんな時、周りに仲間がいることはどれほど大きな力になるでしょうか。

  • 「今から向かいに行くよ!」という仲間からのLINE
  • その一言に背中を押され、重い腰を上げて外へと踏み出す。
  • 走り終えた後、「休まずに走ってよかった」と心から安堵する。
  • そして、苦しい時に伴走してくれる仲間の大切さに深く気づかされる。

独り立ちして走ることに慣れるまでの間、お互いに励まし合い、引っ張り合うこの過程は、多くの人にとって必要な恵みの時間です。誰かの存在が、自分自身の限界を少しだけ広げてくれるのです。

 


しかし、この例がすべての人に当てはまるわけではありません。 私自身は、走り始めた最初からずっと一人でした。誰かとペースを合わせるのではなく、ただひたすらに自分の呼吸の音だけを聞き、自分自身と向き合う。その孤独な静寂の中に意味を見出しているからこそ、今でも「一人が良い」と考えています。サンティアゴ・デ・コンポステーラ祈りの旅も同じです。いつも一人旅。これが一番!!!

 


### 普遍的な真理:自分に与えられた道を走る

励まし合う共同体の温もりを必要とする時期があり、孤独の中で精神を鍛え上げる時間があります。 人生の歩みも、信仰の道筋も同じではないでしょうか。誰かの手に引かれて立ち上がる日もあれば、たった一人で荒野を歩まなければならない日もあります。

聖書には、人生という名の競走について、このような言葉が記されています。

「こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか。」 (ヘブライ人への手紙 121節)

仲間と共に走る喜びを選ぶのも、一人で黙々と走る静けさを選ぶのも、どちらも尊い選択です。正解は一つではありません。それぞれが、今の自分にとって「これが良い」と信じる取り組みを、誠実に重ねていけばよいのです。

 


### 今日を生きること

重い足を引きずり、滝のような汗を流しながらでも、立ち止まらずに前へと進む。 誰かの声に励まされる朝もあれば、自分自身の内なる声と闘う朝もある。

そのすべての過程が、私たちが「今日も生きている」という何よりの証です。 与えられたそれぞれの道を、自分の足で、しっかりと踏みしめていきましょう。

帰ってきたら、一番先にノアが迎えに・・きゅうりちょうだい!!!とのことです。


今日も、共に前進です。

0 件のコメント:

コメントを投稿