消える前の光が教えてくれること
昨夜23時、ノアと散歩に出ました。夜空は澄み、向山の塔は今夜も鮮やかな色で光っていました。日付が変わると塔の明かりは消えてしまいますが、まだ静かに灯っていました。その光を見上げながら、ふと昔のことを思い出しました。
かつてノアと大年寺山公園を歩き、何度も塔の前で写真を撮りました。あの頃、ノアは大年寺山公園への階段を止まることなく、力強く上っていきました。昨夜の散歩の途中、その姿が鮮やかに心に浮かびました。今もノアは生きていますが、その力がどこまで残っているのかは分かりません。もしかすると、あの階段を今も上れるのかもしれません。しかし挑戦はしません。無理はさせない。それが、いまのノアに対する私の愛の形です。
年齢には、それぞれの制限があります。もちろん、年齢を超えて驚くような活動をする人々もいます。しかし、それでも限界は存在します。限界を知らないと、必ずどこかで失敗します。限界を知り、その範囲の中で最大の力を発揮する――それが知恵ある人の姿です。限界があることは、決してマイナスではありません。むしろ、私たちが「いま与えられている力」を正しく使うための道しるべです。向山の塔の光が消える前にもう一度輝くように、私たちの人生にも「今だからこそ灯る光」があります。過去の力ではなく、未来の不安でもなく、
今日という一日の中で灯る光です。
聖書は、私たちが土の塵から造られた有限の存在であることを語ります。しかしその有限性は、弱さではなく祝福です。限界を知ることで、私たちは神の導きの中で歩むことができるからです。消える前の光を見上げながら、私は思いました。
いま灯っている光を大切にして歩けばいい。 いまの力で、いまの階段を上ればいい。
今日も、共に前進です。

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