デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年7月9日木曜日

動物病院

 


漬け込まれた時間と、静かなる忍耐が教えるもの

台所に立つと、甘辛いタレの香りがふわりと漂ってきます。今夜の食卓を飾るプルコギが、ボウルの中で静かに下味を吸い込んでいる時間。あとは火を入れるだけ、というこの夕暮れの余白は、家族の無事を待つ祈りにも似た静謐さを連れてきます。

 


13歳の背中が語るもの

今日はノアの病院でした。左耳がふくらんでしまう耳血腫。垂れ耳の犬には避けて通れないことの多い症状で、以前にも同じ処置を受けたことがあります。血を抜き、薬を処方される間、ノアはいつものようにじっと大人しく耐えていました。病院のスタッフの方々からも褒められるほどの穏やかさ。

彼は本当に我慢強い子です。それだけは、共に歩んできた私が誰よりも認めています。 真夏の容赦ない日差しの中も、険しい山の起伏も、20キロから30キロという距離を黙々と歩き、走ってきた日々。その過酷な環境を共に乗り越えてきた記憶の蓄積が、13歳になった今の彼に、静かで揺るぎない生命力と尊厳を与えているのでしょう。

いつか来る介護の日。その心の準備は、もちろんしています。しかし、先の見えない不安に心を奪われるのではなく、「その時」が来たら向き合えばいい。今はただ、神様から与えられた命に深く感謝し、今日という一日を精一杯に生きる。ノアも、私たちも、命の歩み方は同じなのだと教えられます。

 


現実の荒れ野へ踏み出す覚悟

そろそろ、娘から連絡が入る頃合いです。 今日、彼女は実習で一人暮らしの男性のお宅へと向かいました。スタッフの方々が「女の実習生か?」と危惧するほど、家の中の環境に困難が予想される現場でした。

「一番最悪の環境を想像して行きなさい」今朝、家を出る彼女に私はそう告げました。一見すると厳しい言葉に聞こえるかもしれませんが、これは現実の重さに押しつぶされないよう、彼女の心に持たせた見えない盾です。彼女自身もすべてを覚悟の上で、自分の足でその扉を開けに行きました。人間社会の複雑さや痛みのただ中へと踏み込んでいく彼女もまた、今、人生の険しい山道を歩く訓練の途上にあります。

 


希望は、忍耐の土壌から芽吹く

老いた愛犬の無言の忍耐と、若い娘の静かな覚悟。 ふたつの異なる命の姿が、ひとつの真理を映し出しています。「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」 (ローマの信徒への手紙 53-4節)

私たちはつい、痛みや困難のない滑らかな道こそが幸せなのだと思いがちです。しかし、真夏の山道を歩き抜いた犬の足腰が強いように、最悪を想定して踏み出した若き心が鍛えられていくように、人生の「練達」は、避けて通りたい現実の中でこそ培われていきます。ボウルの中でじっくりと時間をかけて味を深めていくプルコギの肉のように、私たちもまた、日々の葛藤や痛みに浸されることで、人間としての深い味わいと、誰かの痛みに寄り添える温かさを吸収していくのかもしれません。

 


今を生きる祈り

あとは、帰りを待って肉を焼くだけです。 先のことを思い煩うのではなく、今日、自分の持ち場で戦っている愛する者たちが、無事にこの扉を開けて帰ってくることを祈る。ただ、それだけです。人生には、どうしても避けられない痛みや、直面しなければならない現実があります。しかし、覚悟を決めて「今」を生き切る時、そこに必ず神様の守りと光が差し込みます。今日も無事に一日が終わろうとしています。与えられた命の温かさを抱きしめて。 今日も、共に前進です。

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