デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年7月9日木曜日

公平な時間

 


命の砂時計と、痛みを養分にして拓かれる道

自分にとって今日の一日が終わりを告げようとするこの時間、私たちは目に見えない「時」という大河のほとりに立っていることに、ふと気づかされます。時は必ず流れます。誰かのために、その歩みを止めて待ってくれることは決してありません。

 


平等に降り注ぐ、24時間という奇跡

時間は、この世界で最も公平なものです。 子どもにも、お年寄りにも。富める者にも、貧しき者にも。そして、健康な人にも、病の中にある人にも。いかなる差別もなく、毎日新しい「24時間」というまっさらな器が与えられます。しかし、誰にでも等しく与えられるこの24時間を、どのように使うかによって、私たちの人生の風景は大きく変わっていきます。 しばしば胸に突き刺さる、ある言葉があります。

「私たちが無駄に過ごした今日の24時間は、死の告知を受けた人が、切に生きたがっていた明日である」人が人生の終わりに悔いるのは、与えられた24時間という「長さ」のせいではありません。その与えられた時間を、どう用いたかという「中身」に対してなのです。

 


食卓で分かち合う「今」という恵み

先ほど、家族3人で夕食の食卓を囲みました。 今日一日を無事に終えられたことに安堵しながら、娘の実習での出来事や、これからの進路のこと、そして何より「今、こうして共に在ることへの感謝」を語り合いました。

厳しい環境での実習を乗り越えてきた娘の口から、「訪問看護師も良いかもしれない」という言葉がこぼれました。現場の空気を肌で感じ、戸惑いながらも、それが彼女にとって「とても良い経験」になっていることが伝わってきました。

もちろん、医療やケアの現場へ踏み込んでいくこれからの道には、心温まる良い経験だけでなく、言葉を失うようなつらい経験も待っていることでしょう。理不尽な現実に直面し、自分の無力さに涙を流す日もあるはずです。

 


悲しみも痛みも、未来のための肥料となる

しかし、人生とは、そうした数えきれない「いろいろな経験」をくぐり抜けた先にこそ、たどり着ける場所があるのです。

「わたしたちの生涯の日を正しく数えるように教えてください。知恵ある心を得ることができますように。」 (詩編 9012節)

神様が与えてくださる時間は有限であり、その一日一日は「知恵」を得るための学び舎です。 光に満ちた喜びの経験も、泥にまみれるようなつらい経験も、そのすべてが、いつか彼女自身の心を深く耕し、誰かの痛みに寄り添うための「豊かな肥料」になる。私はそう信じています。今はただ、彼女がその見えない肥料の力を信じ、立ち止まらずに歩み続けることを、親として静かに祈るばかりです。

過ぎ去った時間を嘆くのではなく、明日という日に怯えるのでもなく。 ただ、神様から託された「今この瞬間の24時間」に深く感謝し、精一杯に生きていく。

今日も、共に前進です。

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