雨音の朝、休息という名の強い意志
今日は一日、雨模様です。礼拝の準備を終え、少しゆっくりとした主の日の朝を迎えています。昨日はフルマラソンを走りました。いつもの私であれば、今日も当然のように30キロの道のりを走り出していたはずです。しかし今朝は、強制的に体を休ませる決断を下しました。 立ち止まること、休むこと。それには時として、走り続けること以上に「強い意志」が求められるものです。
さらなる高みへ、変わらない日常とともに
明後日から迎える9月、ランニングのプランを刷新し、レベルをもう一段階引き上げることにしました。目指すは「サブ3」です。 かつてはサブ4で十分に満足できると考えていました。しかし、さらに上を目指す情熱を手放してしまえば、走る喜びに少しずつ靄がかかってしまうことに気づいたのです。ここから約半年、これまで経験したことのない週1回のインターバル走を取り入れ、少し強度の高い練習に挑みます。
- 生活の軸はブレさせない: ランニングに力を入れるからといって、これまでの仕事や日常の歩みがおろそかになることは決してありません。
- 積み重ねたものを守る: いつも通りにやるべきことを淡々とこなしながら、その延長線上で走りに熱を注ぎます。
それぞれの場所で、命を燃やす
家族もまた、それぞれの場所で懸命に生きています。 娘は昨日約10時間のアルバイトをこなし、今日も12時からバイトです。そのひたむきな背中に、深い感謝を覚えます。今週から彼女は、整形外科での新たな実習を迎えます。妻の右腕の痛みの改善に役立つかもしれないと「よく見ておいてね」と声をかけましたが、「受け持つ患者さんは別の部位だから、あまり役に立たないかも」と微笑ましいやり取りを交わしました。
私たちは皆、与えられたそれぞれの場所で、今日という日を懸命に生きています。
揺るがない土台の上に立つ
しかし、ふと世界に目を向ければ、今日この日にも思わぬ出来事によって大切な命が失われ、深い悲しみと涙に暮れる人々がいます。 この不条理で、いつ何が起こるか分からない世界を生きる私たちには、決して揺らぐことのない「確かなもの」が必要です。どんな嵐の時にも、足元を支え続けてくれる強い土台がなければ、私たちは簡単に絶望へと流されてしまいます。イエス・キリストこそが、私たちの人生の確かな土台です。
その揺るぎない岩の上に立っているからこそ、私たちは得体の知れない不安に恐れることなく、今日与えられた命の温もりに感謝し、力強く歩むことができるのです。
確かな土台を信じて。 今日も精一杯に生きる。精一杯に語る。精一杯に愛し合うのです。
今日も、共に前進です。
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