暮れゆく夏と、整えられた流し台に宿る希望
雨の日である今日もこうして、静かに一日が幕を下ろそうとしています。
午後は少し外へ出て、買い物を済ませました。今日もアルバイト先で一生懸命に汗を流している娘の顔を思い浮かべ、パンセに立ち寄ってパンを買ってからの帰宅。夕食には、おかずを二品手作りしました。
料理を終えた後の片付けには、私なりの小さな流儀があります。洗い物の水気を丁寧に拭き取って定位置の棚へとしまい、流し台の周りを水滴ひとつ残さず綺麗に磨き上げる。ただそれだけのことですが、この自分流のキッチンの仕事が、一日の終わりの心をすっと整えてくれます。
季節の区切りと、次への助走
世間では北海道マラソンが終わりました。私自身の「フルマラソン」は昨日すでに走り終えていますが、大きな区切りを越えた今、9月の足音がすぐそこまで近づいているのを感じます。
- いずれ、この夏も終わりを告げます。
- 新しい季節が、静かに、しかし確実にやってきます。
気持ちを切り替え、9月からはまた新たなプランでのランニングが始まります。終わったことにすがりつくのではなく、拭き上げられた真っ新な流し台のように心をリセットして、次の季節へと踏み出すのです。
生きること、希望を紡ぐこと
娘のためにパンを買い、台所に立ち、水滴を拭き取り、また明日走るために靴紐を結ぶ。その繰り返されるすべての営みは、ひとつの真理に行き着きます。
それは「生きること」です。
聖書が教えているように、私たちの人生には季節があり、夜の後には必ず新しい朝の光が用意されています。命がある限り、私たちはどんな場合、どんな暗闇の中にあっても、決して奪われることのない希望を持つことができるのです。
磨き上げられた流し台は、明日という新しい日、新しい恵みを受け取るための静かな準備であり、祈りでもあります。過ぎ去る夏に感謝を告げ、また新しい道を力強く走り出しましょう。
今日も、共に前進です。
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