デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年9月2日水曜日

日々の奇跡中で生きる

 


「いってきます」が「ただいま」に還る奇跡と、命の満ちる食卓

夜半から雨が降るという予報を受け、先ほどノアとの散歩を済ませてきました。 いつもの道を歩き、家路につき、ゆっくりと階段を上っていくノアの背中。その姿を下から見つめながら、「ノアもずいぶん歳をとったな」という静かな感慨が胸に広がりました。いつも家で待っていてくれる彼の存在も、いつか終わりを迎える日が来る。その逃れられない時の流れが、今この瞬間の輪郭をより濃く、愛おしく浮かび上がらせます。

 


当たり前ではない「日常」の重み

今日も、実習に向かう娘と、仕事へ向かう妻が、家を出て無事に帰ってきました。 私たちはこれを「いつものこと」として受け流してしまいがちですが、決して当たり前のことではありません。

  • 「行ってきます」と声をかけてドアを出た人が、二度と帰らぬ人となる現実がこの世界にはあります。
  • とりわけ不確実で安心の揺らぐ現代において、無事に再会できることは一つの「奇跡」に他なりません。

その奇跡の一日一日に深く感謝し、互いを愛し合いながら生き抜くこと。それが私たちに託された、最も尊い務めなのだと教えられます。

 


走る脚と、愛を料理する手

今夜の夕食には、酢豚と白菜のスープ、そしてビビンバップを用意しました。 目の前で二人が美味しそうに頬張る姿を眺めていると、心の底から静かな感謝の念が湧き上がってきます。ふと、「こういう料理を、自分はいつまで作り続けることができるのだろうか」という問いが頭をよぎりました。 しかし、自らの心に尋ねてみれば答えは明確でした。きっと、私が朝の街をランニングできる限り、この手で家族に料理を作り続けることができるはずです。大地を踏みしめて走る力と、愛する者のために火を灯す力は、私の中で深く、確かに結びついています。

 


先の憂いを手放し、今日を生き切る

聖書は、先の見えない未来を思い煩うことの無意味さを説き、ただ今日与えられた糧に感謝することを教えます。 先のことを考えすぎるのではなく、今、命がある限り、与えられた今日を精一杯に生きる。家族が帰り、ノアが迎え、温かい食卓を囲む。この奇跡のような「今日」の恵みがあれば、それだけで十分なのです。

これから少しだけ仕事に向かい、そのあと二度寝の床につきます。 静かな雨音が包む夜、無事に終わろうとしている一日に心からの感謝を込めて。

明日も、共に前進です。

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