公平な問いの中で、私たちは何を信じるのか
今日と明日は、全国の高校生たちにとって大きな節目となる「大学入学共通テスト」の日です。
今年の受験者数は、490,281人(大学入試センター発表)にのぼります。
このテストの特徴は、全国どこでも同じ問題が出されるという点にあります。 地域も学校も関係なく、すべての受験生が同じ問いに向き合う――まさに「公平なテスト」です。
けれど、毎年のように不正行為が発覚し、受験資格を失う人がいます。 公平なルールの中で、なぜそのようなことが起こるのでしょうか。
それは、「公平であること」と「公平に感じること」は、必ずしも一致しないからかもしれません。
たとえば、同じ法律の下で暮らしている私たちの社会も、制度としては公平です。 けれど、誰もが
「自分は恵まれている」と感じているわけではありません。 「なぜ自分だけがこんなに苦しいのか」 「どうしてあの人だけがうまくいくのか」
そんな思いが、心のどこかに芽生えることもあるでしょう。
人はつい、自分の立場を中心に物事を見てしまいます。 それが人間の弱さであり、自己中心的な性質です。 でも、だからこそ、私たちは「信じる」ことを学ぶのです。
神さまは、私たち一人ひとりの心を見ておられます。
テストの点数や、社会的な評価ではなく、 どれだけ誠実に、正直に、与えられた問いに向き合っているかを見てくださるのです。人生は、共通テストのように「全員が同じ問題を解く」わけではありません。
人によって与えられる問いは違います。 ある人には健康、ある人には人間関係、ある人には経済的な試練。 でも、どの問いにも共通しているのは、「どう生きるか」という根本のテーマです。
だからこそ、私たちは今日も、与えられた問いに向き合いながら、 希望を持って、勇気をもって、一歩ずつ進んでいきたいのです。
そして、どんな問いの中にも、神さまの導きと愛があることを信じて。
「わたしは主、あなたの神/イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。わたしはエジプトをあなたの身代金とし/クシュとセバをあなたの代償とする。わたしの目にあなたは価高く、貴く/わたしはあなたを愛し/あなたの身代わりとして人を与え/国々をあなたの魂の代わりとする。恐れるな、わたしはあなたと共にいる。わたしは東からあなたの子孫を連れ帰り/西からあなたを集める。
(イザヤ書43:3-5)
この言葉が、今日、試練の中にいるすべての人の心に届きますように。 そして、あなたの今日の歩みに、神さまの祝福がありますように。
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