闇夜を駆ける「光」――足元だけでなく、誰かの心を照らすために
今朝も、まだ深い闇が街を包む中、走り出しました。 街の静寂を通り抜け、広瀬川沿いの風を感じ、無事に帰宅。 冬の冷たい空気の中を駆け抜けると、体だけでなく心まで研ぎ澄まされるような気がします。
光が必要な「二つの理由」
暗闇の中を走るには、必ず明かりが必要です。その理由は大きく分けて二つあります。
- 第一に、自分のため。
足元の障害物に躓いて怪我をしないよう、安全を確保するためです。
- 第二に、相手のため。
前方から来る人に自分の存在を知らせ、互いにぶつからないようにするためです。
これはランニングに限ったことではありません。私たちの人生という長い道のりにおいても、ぶつかり合うことなく柔軟に生きていくためには、確かな「光」が必要なのです。
誰の「足元」を照らしているか
しかし、人生における光は、自分の足元を照らすためだけのものではありません。 本当の光とは、相手の心を照らすためのものではないでしょうか。相手の心が今、明るいのか、それとも悲しみや痛みの雨に濡れて曇っているのか。
その光があって初めて、私たちは相手の心境を理解し、配慮し、平和に生きることができるようになります。私たちは往々にして、その光を「自分の足元」だけに使いがちです。
自分の都合、自分の正しさ、自分の利益ばかりを見ていると、すぐ隣にいる相手の姿が見えなくなります。その結果、自分勝手な言動で誰かを傷つけ、問題が起こってしまうのです。
「自分から」温かさを広げる
もう少しだけ配慮のある、優しい社会になってほしい。 そう願うならば、まずは自分から始めることです。一番近くにいる家族に対して。
大切な友人に対して。 そして、今日たまたま出会う人々に対して。「この人の心は今、どんな色をしているだろうか」と、そっと光を向けてみる。そんな小さな配慮が、ギスギスした世の中を柔らかく変えていくのだと信じています。
心まで寒くならないように
外の気温はますます厳しくなっていきます。 けれど、寒くなるのは外気だけにしましょう。心まで凍えてしまうのは避けたいものです。私には、常に心を温めてくれる存在がいます。
イエス・キリストです。その方の約束の言葉を読み返すたびに、私の心は温まるどころか、熱くなるのを感じます。主の言葉という光を胸に、今日も精一杯、温かな心で歩みを進めたいと思います。
今日も、前進です。
0 件のコメント:
コメントを投稿