雲の向こうの太陽と、三十キロの祈り
「わたしを呼べ。わたしはあなたに答え、あなたの知らない隠された大いなることを告げ知らせる。」(エレミヤ書33:3)
まだ夜の静寂が深い午前四時過ぎ、久々に広瀬川若林緑地の陸上トラックに向かって走りました。
一周一キロのコース。暗闇の中、一人で走り始める時間は、自分自身の内面と、そして神様と深く向き合う大切なひとときです。
移り変わる景色の中で走り続ける
1キロ、また1キロと距離を重ねていくうちに、何人かの人々がトラックに加わってきました。ウォーキングをする人、軽やかに走り抜ける人。しかし、私が走り続けている間に、一人、また一人と姿を消し、再び私一人の時間へと戻ります。そしてまた新しい誰かが現れ、消えていく。
10周、20周、30周と走り続けると、こうした人の営みの移ろいがありありと見えてきます。それはまるで、私たちの人生の縮図のようでもあります。出会いがあり、別れがあり、それぞれのペースでそれぞれの距離を歩んでいく。その中で、今日は、一人の青年のこれからの歩みを覚えて、祈りながら三十キロの距離を走り抜きました。
見えなくても、そこにある光
今朝は厚い雲に覆われ、水平線から昇る鮮やかな朝日を見ることはできませんでした。けれど、走る自分の心には確信がありました。目には見えなくても、雲の向こう側では太陽がいつもと変わらず昇り、この世界を照らしているのだということを。
私たちの人生も同じかもしれません。苦難の雲が厚く垂れ込め、光が見えない日があります。しかし、光が消えたわけではありません。ただ、一時的に遮られているだけなのです。
「助けて」というSOSを届ける
一つの願いは、皆と共に生きたい。共に祈り、譲り合い、支え合い、愛し合って生きたい。どうせこの一度きりの人生を歩むのなら、そんな温かな調和の中で歩んでいきたいと思うのです。
しかし、時には「そんなふうに前向きには生きられない」「もう一歩も動けない」と、心が塞ぎ込んでしまう時があることも、よくわかります。悩みや事情が重なり、祈る言葉さえ失ってしまうことがあるかもしれません。だからこそ、神様を呼んでほしいのです。
自分一人で抱えきれない時は、遠慮なく天に向かってSOSを送ってください。
「助けてください」 「もう無理です」
その短い叫びこそが、神様が最も待ち望んでおられる「祈り」です。私たちがSOSを出すとき、神様は必ず答え、私たちの想像を超えた「大いなること」——新しい希望や、予期せぬ助け——を告げ知らせてくださいます。
今日も、一歩前へ
三十キロを走り終えた今、心地よい疲労感と共に、この町の人々のために、そして新しい一歩を踏み出そうとしている彼のために、改めて祈りを深くしています。
今日という日が、皆さんにとって、雲の向こうにある太陽を信じて歩める一日となりますように。一人で頑張りすぎず、主の助けを呼び求めながら、共に前進していきましょう。
今日も、主と共に。 そして、隣にいる誰かと共に。
今日も、前進です。
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