雨とチーズハンバーグと、残された時間 ―― 車中という名の小さな聖所
雨音がリズムを刻む、深夜のプライベート・ロード
今夜は雨になりました。 ワイパーが雨粒を弾く規則的な音を聞きながら、私はハンドルを握り、娘のアルバイト先へと車を走らせました。アスファルトに反射する街灯の光が、ゆらゆらと水面に溶けていく、少し静かな夜です。
仕事の疲れを見せながらも、助手席のドアを開けて乗り込んできた娘。車内にふわりと冷たい雨の匂いが混じり、私たちの「深夜のドライブ」が始まります。
「チーズハンバーグ」が繋ぐ、父と娘の現在地
「今日の賄い、チーズハンバーグだったんだ」
そんな何気ない一言から、会話が滑り出します。 友だちとのこと、最近の体調、そして連休明けからいよいよ始まる、看護実習への少しの不安(?)。むしろ楽しみだと彼女は考えているが・・・
車内という空間は不思議です。お互いに正面を向いているからこそ、普段は照れくさくて言えないようなことも、雨音に守られるようにして自然と言葉にできる。そこは、世界で一番小さく、そして最も親密な「聖所(サンクチュアリ)」のような場所です。
けれど、この温かな時間を噛み締めながら、私の胸の奥には、小さなしずくが落ちるような寂しさもありました。 看護学生として、自らの道を歩み始めた彼女。来年の今頃、彼女はもう、この助手席にはいないかもしれません。社会へと羽ばたき、自分の足で人生の階段を上っていく彼女を、こうしてバイト先に迎えに行く日々は、もうすぐ「思い出」という過去のフォルダに収められるのです。
「今」という名の、二度とないギフト
私たちはつい、未来のことを心配し、過去を悔やんで生きがちです。
しかし、聖書は私たちにこう教えます。
「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。」(マタイによる福音書 6章34節)
「今を大事にして生きる」ということは、決して刹那的な享楽ではありません。それは、神様が今日、この瞬間にだけ与えてくださった「特別な恵み」を、両手でしっかりと受け取ることです。
チーズハンバーグの話に笑い合い、実習への不安を分かち合う。そんな、他愛もない、けれど替えのきかない時間。これこそが、私たちが生きる理由そのものではないでしょうか。
終わりが見えているからこそ、その時間はまばゆいほどに輝きます。失われていくことを嘆くのではなく、今、そこに「ある」ことを感謝して、一分一秒を慈しむこと。それが、私たち被造物にできる最高の「信仰の告白」なのです。
明日の光を信じて、ハンドルを握る
ガレージに着き、エンジンを止める。 会話の余韻が残る車内で、私は改めて、この「今」という一歩を大切に踏みしめていこうと心に決めました。
あなたの日常にも、今、この瞬間にしか咲かない小さな花がありませんか?
当たり前の食事、何気ない会話、家族の寝顔。それらはすべて、明日には形を変えてしまうかもしれない、期間限定の奇跡です。
失うことを恐れずに、今の重みを存分に味わってください。
その豊かな「今」の積み重ねが、あなたの明日を支える揺るぎない土台になります。
さあ、新しい朝が来ます。
今日与えられた恵みを数えながら、また静かに漕ぎ出しましょう。
それでは二度寝です。明日は休息日。
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