「これは、わたしの仕事や」――静かな愛が照らす、家族という聖なる場所
■ 朝の光の中で思い返した、ひとつの物語
子どもの日の空は、やわらかな光に満ちていました。 窓から入る風は少し湿り気を帯び、季節がゆっくりと夏へ向かっていることを知らせてくれます。
そんな朝、昨日、御坊駅の待合室で聞いた娘さんの語りが、胸の奥で静かに響き続けていました。 97歳の父親と93歳の母親を持つ娘さんが、深い愛の物語を話してくれたのです。
■ 夜の洗面所で起きた、静かな愛の場面
ある晩、洗面所から水の音が聞こえ、娘さんは目を覚ましました。 そっと扉を開けると、そこには父親が母親の下着を洗っている姿がありました。
母親は夜中にトイレに間に合わず、衣類を濡らしてしまったとのこと。 それを見た父親は、誰にも頼らず、自分の手で静かに洗っていたのです。
娘さんが驚いて立ち尽くすと、父親は振り返り、 にっこり笑ってこう言いました。
「これは、わしの仕事や」
その一言に、長い年月を共に歩んできた夫婦の絆、 苦しみも喜びも分かち合ってきた人生の重みが、すべて込められていました。
■ 苦難を越えて歩んだ信仰の道
このご夫妻は、若い頃から多くの試練を共に乗り越えてきました。
- 父親は若い時に結核を患い、牧師の祈りと勧めによってイエス・キリストを信じたこと
- その日から人生を主に捧げて歩んできたこと
- 小学校の音楽教師として、そして校長として子どもたちに向き合ってきたこと
- 退職後は教会の長老として信仰の道を歩み続けてきたこと
- 子どもたちの病、そして死という深い悲しみを経験しながらも、愚痴をこぼさず、
「これは自分が背負うべき十字架だ」と信じ続けてきたこと
- 今もなお、説教看板を書き続けていること
そのすべてが、昨日の「これは、わしの仕事や」という言葉に結晶していました。
■ 家族とは何か――静かに問いかけてくるもの
最近のニュースでは、家族の間で起きる痛ましい事件が多く取り上げられています。 家族が壊れるとき、社会もまた深く傷つきます。
しかし、昨日聞いたこの物語は、 家族とは本来、互いを支え合い、弱さを受け止め合う“聖なる場所”であることを思い出させてくれました。
イエス様はこう語られました。
「互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13:34)
愛とは、大きな言葉ではなく、 夜中の洗面所で静かに下着を洗うような、 誰にも見えない小さな行為の中に宿るものなのだと思います。
■ 今日、わたしたちが歩き出すために
家族の形はそれぞれ違います。 抱えている痛みも、背負っている十字架も違います。
しかし、どんな家庭にも、 小さな愛が灯る瞬間があります。
その一つひとつが、 家族を支え、社会を支え、 そしてわたしたち自身を支えていくのだと感じました。
今日、あなたの周りにも、 そっと寄り添うべき誰かがいるかもしれません。 その人のためにできる小さな愛―― それこそが、神様があなたに託しておられる「仕事」なのかもしれません。
今日も、共に前進です。
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