【秋風と、黄昏の思索】賑わう街の奥で味わう、静かな命の収穫
晴れ渡る空の下、連休を迎えた仙台の街は、いつも以上の賑わいを見せていました。行き交う人々の活気、弾むような声。活気づく街を歩いていると、世界が「生きている」という力強い鼓動を肌で感じます。
買い物を無事に終えて帰宅し、まずは一人でゆっくりとブランチを済ませました。 そして、そこからは愛犬ノアとの静かなひと時です。
活気ある街と、静かなるリビング
外の世界の賑わいとは対照的に、わが家には、とても穏やかでゆったりとした時間が流れていました。娘は新しい実習のための勉強。妻は、高齢になったノアの身体を優しくマッサージし、そのあと伸びていた毛を丁寧にカットして整えていきます。すべてが終わると、ノアはお待ちかねの「林檎」をもらいます。
気温はまだ高く暑さを感じますが、窓から吹き込む風には、確かな涼しさが混じっていました。
- 太陽の光にあふれる活発な外の世界
- 老いを受け入れ、労わり合う静かな家の中
この二つの風景は、まるで人生の「夏」と「秋」を同時に見ているかのようです。
「何かをする」季節から、「想う」季節へ
明日は「秋分の日」です。昼と夜の長さが等しくなり、ここから少しずつ、夜の静寂が長くなっていきます。季節の変わり目には、どこかへ出かけたり、何か新しいことを始めたくなったりするものです。しかし、今年のこの風を前にして、私はただ忙しく動くのではなく、静かに「人生の黄昏」について考える時間を過ごしたいと思っています。黄昏とは、決して寂しいだけの時間ではありません。
厳しい夏の暑さを越え、懸命に走り抜いてきた者が、ようやく涼しい風の中で一息つける恩寵の時です。マッサージを受け、毛を整えられ、甘い林檎を美味しそうにシャリシャリと噛む老犬ノアの姿を見ていると、老いていく命にも、神様からの優しいご褒美が必ず用意されているのだと気づかされます。
実りの秋、命の収穫を味わう
読書の秋、収穫の秋。 街のお店には、豊かな秋の食材がずらりと並んでいました。熱いご飯にのせた「たらこ飯」もいいかもしれない。そんなふうに、今日の食卓を思い描く喜びがあります。
- 若き日のように、がむしゃらに何かを獲得するのではなく。
- 与えられたものを、ただ感謝して美味しく味わうこと。
これこそが、人生の黄昏に許された「命の収穫」です。 美味しいものが食べられる季節。それは、私たちの身体と魂を静かに養ってくれる、神様からの確かな恵みです。
今日も、精一杯に生きることです。 頬をなでる秋風の涼しさに感謝し、与えられた今日という日を、豊かに、そして美味しく味わいながら。
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