デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2026年7月31日金曜日

ただ「今」を生きる

 


尻尾を振る賢者と明日の幻:ただ「今」を生きるという恵み

部屋の空気に、じわりとした夏の温度が混じり始めました。 「今日はちょっと暑いな」 そんなことを肌で感じながら、ふと傍らにいるノアに目をやります。

せわしく動き回ることもなく、静かにそこにある命。 ノアは、将来の計画を立てることはありません。明日のことで思い悩むこともなく、ましてや「何を食べようか、何を飲もうか」と頭を抱えることもありません。ただ、今日のこの少し暑い空気を、ありのままに受け止めて呼吸しているだけです。

おやつの時間やご飯の時間が来れば、全身で尻尾を振って無邪気に喜びを表現し、眠たくなれば、抗うことなく静かに目を閉じて眠りにつく。 その姿を見るたびに、私はいつも「なんて幸せな者なのだろう」と深く考えさせられます。

 


人間という生き物が抱える「見えない重荷」

ノアの純粋な存在感に触れるとき、そこには残酷なまでの人間との対比が浮かび上がります。

  • 終わりのない「思い煩い」:私たちは、まだ来てもいない明日の幻影に怯え、人生のあまりにも多くの時間を無駄な心配に費やしてしまいます。
  • 生かされない経験:これまで何度も困難を乗り越え、何とかなってきたという「恵みの記憶」があるはずなのに、それらを活かすことなく、また同じように心配と悩みのサイクルを繰り返し続けてしまうのです。

動物たちが「今、ここ」にある現実だけを生きているのに対し、人間は自らの想像力ゆえに、過去の後悔と未来の不安という見えない重荷を背負い込み、今という時間をすり減らして生きています。それは、与えられた命に対する、ある種の傲慢さなのかもしれません。

 


空の鳥、野のゆり、そして目の前の賢者

聖書を開くと、そこにはノアの生き方そのものを肯定し、人間の思い煩いを静めるイエス・キリストの言葉が響いています。

「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイによる福音書 6:34

ノアが明日のご飯の心配をしないのは、飼い主である私が必ず与えてくれると、完全に信頼しきっているからです。彼の中には「与えられないかもしれない」という疑いがありません。ならば、私たち人間はどうでしょうか。 私たちが思い煩うとき、それは心の深い部分で、天の父なる神の養いと導きを疑い、自分の力だけで人生をコントロールしようと力みすぎているサインなのです。

 


今日の恵みだけを両手に受けて

過去の経験から学び、計画を立てることは人間の知恵です。しかし、それが「心配」や「悩み」にすり替わり、今日という日の平和を奪ってしまうのであれば、私たちは一度、その重たい荷物を降ろさなければなりません。

眠くなれば眠り、与えられた糧に喜び、暑ければただ暑さを感じる。 ノアという小さな賢者が教えてくれるのは、神の御手の中にある絶対的な安心感と、「今日1日分の恵み」だけで生きるという潔さです。繰り返し押し寄せる不安の波に気づいたら、また何度でも、この「今」へと立ち返ればいい。 先の見えない未来を思い煩う代わりに、今日与えられた命の温もりを、ただ静かに味わい尽くしたいと思います。

今日も、共に前進です。

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