【雨音と心拍が刻む誓い】生き、走り、祈り、そして愛し続けるために
まだ夜の暗さが残る午前4時。 小雨が静かにアスファルトを濡らす中、今日のランニングをスタートさせました。冷たい雨の感触とは裏腹に、身体の内側では確かなリズムが脈打っていました。今日は33キロを完走。平均心拍数は134bpm、ペースは平均5分25秒。長く苦しい距離を踏んできた結果、走りは驚くほど安定し、身体がこの長大な距離に静かに順応しているのを感じます。
雨中の転倒と、立ち上がる力
雨の滴を顔に受けながら走り続けるうち、ふと、先日行われたアジア大会のマラソン選手の姿が脳裏に浮かびました。特に私の心を打ったのは、雨の中の女子マラソンに出場した矢田選手です。彼女はレースの途中で転倒するという、ランナーにとって致命的とも言えるアクシデントに見舞われました。しかし、彼女はその絶望的な状況から即座に立ち直り、泥にまみれながらも走り続け、見事に銅メダルを獲得しました。その精神の強靭さに、私は心からの敬意を抱かずにはいられません。人間は、外部からの「良い刺激」によって成長する存在です。
もし、何の刺激もない無風の温室で生き続けたなら、私たちの魂はどのように萎縮してしまうでしょうか。
傍観者であることをやめる
しかし、ここで深く考えなければならないことがあります。 どれほど素晴らしい出来事や、他者の感動的な姿(刺激)を目にしても、私たちが単なる「傍観者」にとどまっている限り、それは一過性の感情で終わってしまいます。最も大切なのは、その刺激を「自分のために積極的に用いること」です。
雨中での転倒という過酷な状況すら推進力に変えたあの選手の姿を、ただ「すごいな」と見過ごすのではなく、自らの困難を乗り越えるための糧として、自分の人生の文脈に深く取り入れること。状況や環境、時に訪れるアクシデントさえも自分のために用いる知恵こそが、人間を真の成長へと導く確かな糸口となるのです。
10年間の誓いと、究極の目的
今週から、カレンダーは10月へと移り変わります。 今月の600キロ達成まで、残すところあと56キロとなりました。最後まで決して諦めず、この足で走り抜く覚悟です。
そして今日、安定した心拍音を聞きながら、私は自分自身にある誓いを立てました。
「これからの10年間、月間600キロ走を続ける」という決意です。
途方もない道のりかもしれません。しかし、刺激を糧とし、自らの限界を広げ続けるために、私はこの道を選びます。なぜ、そこまでして走り続けるのか。 それは単なる記録のためでも、肉体の誇示のためでもありません。
- 生きること
- 走ること
- 祈ること
これらを不器用に、しかし誠実に繰り返したその先に、私たちが到達すべき最も大切な一つの場所があるからです。それは、「愛し続けること」です。
自分の弱さを知り、他者の痛みに共感し、神様から与えられた命を余すところなく燃やして、隣人を愛し抜くこと。月間600キロの過酷な道のりは、その「愛する力(持久力)」を鍛え上げるための、私に与えられた祈りの形なのです。
雨の日も、雪の日も、嵐の日も、私たちはまた立ち上がり、歩みを進めることができます。 あなたの今日という一日が、与えられた刺激を豊かな恵みへと変え、愛へと繋がる尊い歩みとなりますように。今週も共に前進です。
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