デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

https://heyzine.com/flip-book/40adf6eb52.html https://heyzine.com/flip-book/e25ac741f2.html https://heyzine.com/flip-book/ce3de770c6.html

2026年10月10日土曜日

笑顔は、自分で灯すもの


 

夜明け前のスタート

今日は5時前に走り出しました。

長町周辺を10キロ。そこから広瀬橋と山田インターのあいだを往復して、合計32キロ。ペースはキロ4分48秒で、今日も記録更新です。

サブ3.5の目安は、キロおよそ4分58秒。その線を下回る走りが、もう特別な一日ではなく、当たり前になってきました。サブ3.5が定着した、と言ってよいと思います。

まだ街が目を覚ます前、自分の足音と呼吸だけを数える時間。その静けさの中で、一歩一歩が確かに積み上がっていくのを感じます。

 


記録は、ある日突然やってこない

この成果は、計画練習を始めてから表れたものです。

ふと考えます。記録が伸びた「今日」は、今日一日だけで生まれたのでしょうか。

そうではないと思います。

  • 予定どおりに走った日
  • 気が乗らなくても、靴ひもを結んだ朝
  • 決めた距離を、決めたペースで刻んだ時間

そうした見えない一段一段が階段のように重なって、ある朝ふと、ひとつ上の踊り場に立っている。成長とは、そういうものなのかもしれません。

このまま練習を積み重ねていけば、来年までにはサブ3にたどり着けるでしょう。サブ3のペースはキロ4分15秒前後。今日の4分48秒から見れば、まだ先は長い道です。けれども、道がどこへ続いているかはもう見えています。

聖書にこんな言葉があります。

なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。(フィリピの信徒への手紙 3章13〜14節)

目標があるから、今日の一歩に意味が生まれる。信仰の歩みも、ランニングも、そこは同じだと感じます。

 


運動場の声、走る人たち

今日は3連休の初日でした。運動場では、少年少女野球団の試合が行われていました。

この時期は、走る人の姿も多く見かけます。まさに、ランナーにとって最高の季節です。

野球のグラウンドに立つ子どもたちも、道を走る大人たちも、それぞれの場所で、それぞれの目標に向かっています。誰かと競い合うためだけではなく、昨日の自分より少し前へ進むために。自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか。
(ヘブライ人への手紙 12章1節)

「定められている競走」は、一人一人違います。速さも、距離も、ゴールも違う。だからこそ、隣の人と比べる必要はないのだと思います。

 


サラダチキンという、もう一つのゴール

帰宅して、サラダチキンを作りました。二人が美味しく食べてくれることでしょう。

32キロを走り終えた体で台所に立つ。記録を追う走りの先にあるのは、自分一人の満足ではなく、大切な人の食卓なのだと気づかされます。走ることは、自分を鍛えることです。料理をすることは、誰かを養うことです。今日はその二つが、一本の道でつながりました。

 


笑顔は、環境が決めるものではない

今日も笑顔で、前進です。

環境や状況ではなく、笑顔は自分で作っていくものだと思います。

天気が良い日も悪い日も、調子が良い日も重い日もあります。状況が整うのを待っていたら、笑顔はいつまでもやって来ないかもしれません。

けれども、笑顔は自分で作ることができる。そして信仰者として付け加えるなら、その笑顔を灯す火種は、いつも外から与えられています。

主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。(ネヘミヤ記 8章10節)

自分の力だけで笑おうとすると、いつか息切れします。けれども、受けている恵みを数えるとき、笑顔は無理に作るものではなく、内側から灯るものに変わっていきます。

 

山田インター近くの走って約20キロ地点にあるこの自販機でいつも水分補給をしています。

今日を読んでくださったあなたへ

記録が伸びない時期もあるでしょう。思うように走れない朝もあるでしょう。

それでも、今日の一歩は、確かに明日へつながっています。

主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。(イザヤ書 40章31節)

さあ、今日も笑顔で。一歩ずつ、前進です。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿