【行き止まりの坂道が培うもの】焦りを手放し、短き秋の歩幅を味わう
まだ夜のとばりが深く降りている午前4時前、静寂の街へ向けてランニングをスタートさせました。走り始めの気温は15度。肌に触れる空気はすっかり涼しくなりましたが、あえて真夏の格好で走り出した私の身体からは、やがて噴き出すように汗が溢れました。 今日挑んだのは、太白区の中で最もきついであろう「緑が丘の坂道」です。
この坂を駆け上がるのは二度目でしたが、実は途中で道を間違えてしまいました。何度試しても行き止まりにぶつかり、そのたびに周辺の坂道を上り下りして引き返すことになったのです。しかし、結果としてそれが、思いがけず素晴らしいトレーニングの負荷となりました。
33キロ地点の問いと、本質への気づき
「このまま走り続けるか?」
青葉山公園の33キロ地点に差し掛かった時、私は自分自身にそう問いかけました。そして、心の奥底にある静かな力に背中を押されるように足を前に出し続け、最終的に42.20キロを走り抜きました。これで9月に入ってから3度目のフルマラソン完走となります。
この長距離を走る中で、一つの確かな真理に思い至りました。 マラソンにおいて最も重要なのは、最初から「スピード」を求めることではなく、「距離」を踏むことです。一定のスタミナを維持しながら長く走り続ける土台を築くこと。スピードの調整に入るのは、その確かな土台ができてからのことなのです。
「行き止まり」と「達成可能な目標」の恩寵
このままの訓練を続けていけば、1年の間に「サブ3」という目標に到達できるかもしれない。そんな希望の光が見えました。
しかし、私は決して無理をして急ごうとは思いません。11月には、スペイン・サンティアゴへと向かう祈りの旅(巡礼)も控えています。
今はただ、焦らず、少しずつ前に進めることを選びます。
- 行き止まりは、無駄ではない
道を間違え、行き止まりの坂道を何度も引き返した今日の経験は、人生そのものです。私たちは時として、無駄な回り道をしたように感じて落胆します。しかしその「行き止まりの反復」こそが、私たちの魂のスタミナを密かに、しかし確実に鍛え上げてくれているのです。
- 希望の灯としての「適切な目標」
目標を持つことは、平凡な日常に確かな刺激と前を向く力を与えてくれます。しかし大切なのは、最初から高すぎる山を見上げて絶望するのではなく、「達成可能な目標」を一つひとつ立ててクリアしていくことです。小さな成功体験の積み重ねこそが、確かな自信となり、真の成功への道となります。
短き秋を、美味しく味わい尽くす
秋という季節は、驚くほど短く、あっという間に過ぎ去ってしまいます。 気づけば冷たい木枯らしが吹き、厳しい冬が訪れるでしょう。だからこそ、神様が与えてくださったこの恵みの秋を無駄にせず、有意義に用いて前に進むことが大切です。
焦って全速力で駆け抜ける必要はありません。 涼しい風の匂いや、実りの季節の美味しい恵みを、心と体でしっかりと味わいながら過ごすことです。
行き止まりの道も、流した汗も、すべてはあなたの魂の持久力に変わっています。 今日も、あなたにしか歩めない確かな歩幅で、この美しい秋の一日を精一杯に生き抜いていきましょう。
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