デジタル書庫 ―― 祈りの旅路

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2023年12月5日火曜日

7th El Camino de Santiago 1

 04-Dec-2023-Mon

長町駅で9時9分の電車で仙台駅に!

仙台駅で9時31分の新幹線に乗って上野まで立ちぱなしで!全席指定だったから!僕の切符は自由席!

上野駅でスカイライナーに乗り換えて成田空港第一ターミナル駅で下車。そのまま4階南スウィングにあるAir China カウンターへ。スムーズにチェックインが出来た。

ランチはサボテンでトンカツを食べた!それからセキュリティ検査と出入国窓口を経て搭乗口へ。北京まで約4時間、時差も1時間。


無事に北京空港に到着。乗り継ぎ手続きを経て搭乗口へ。約6時間待ちだ!24時間開いているのはスターバックスと別のコーヒー屋。椅子で横になったり、歩いたり、少し寒かった。服装の不備!反省!寝袋があればよかったかも。荷物を預けたので。





ヨウカンを持って来てよかったけどもう少しお菓子などの食べ物が欲しかった!お湯が出たのでスティックコーヒーを飲んだ!それから日付が変わって5日午前1時55分出発のマドリード行CA907便に乗り込んだ!座席番号は成田からの同じく61Hだったが今度の座席は中央の一番後席だった!隣に客が居なかったので少し余裕があった!感謝。


7th El Camino de Santiago 1-2

 05-Dec-2023-Tue

長い旅のフライトだった。機内食では成田と同様にチキンを選択。内容は少し違ったが、味はまずまず。感謝の気持ちでいただいた。機内でトイレも済ませ、心も体も軽くなりスッキリ。その後、ちょっとお腹が空いてきた。今回の旅では麺類は控えることにした。これまでは毎日のように食べていたけれど、日本に戻ったらしばらくは控えるつもりだ。

今の自分の課題は、「食事、睡眠、ITデトックス」のメリハリをつけること。諦めずに挑戦して、必ず成功させたい。主の助けにより、それは可能である。アーメン。

さらに、神様への感謝を第一に、次に家族、最後に自分に対して惜しみなく心を広げて接したい。いつも余裕を持ち、焦らず、悩まず、心配せず、恐れることなく歩んでいこう。全てを主に委ね、前向きに歩み続ける。ハレルヤ!

現地時間7時頃、マドリード空港に到着。入国手続きを済ませ、しばらく待って荷物を受け取るとターミナル2に移動した。思った以上にスムーズに進み、感謝。事前にチェックインを済ませておいたので、非常に便利だった。セキュリティ検査を終え、搭乗口へ向かった。

ポルト行きの飛行機はAirEuropaで、出発時間は10時35分。スペインとポルトガルには1時間の時差があり、ポルトには同じ10時35分頃に到着予定だ。

空港内のレストランで、ドーナツとクッキー、そしてアメリカーノを8.20ユーロでいただく。長いフライトのせいか、さすがに疲れたが、感謝の気持ちで食事を楽しんだ。無事に飛行機に搭乗し、ポルトに到着できますように。主よ、どうかお守りください。ハレルヤ!


2023年11月4日土曜日

一羽が、七羽に

 


見よ、兄弟が共に座っている。 なんという恵み、なんという喜び。(詩編133:1)

一羽が二羽となり、さらに増えて六羽となり、しかし突然、四羽がいなくなり、二~三日経ってから行って見ると昨日は七羽となっていました。


その中の一羽はまだ子供で灰色をしていました。おそらくこの子を連れてくるために四羽はいなくなったと思います。昨日は晴天で広瀬川の人やハクチョウやカモなどを見ると本当に平和な世界に見えたひと時でした。地球の反対側では戦争で怯え、命を失い、戦い続けていますが、こちらは平和で穏やかな世界です。


何よりも平和を守って行くことが大事であるのです。一度失った平和を取り戻すには倍以上の力を要するからです。信仰も同じです。守って行く事が重要です。キリスト者は何よりも信仰を守って行く事が大事であるのです。なぜならこの信仰によって永遠の命が与えられるからです。



2023年11月2日木曜日

再び六羽から二羽に

 


見よ、兄弟が共に座っている。 なんという恵み、なんという喜び。(詩編133:1)

先々週、広瀬川の越路の所に新たに四羽のハクチョウが加わり、全部で六羽となりました。これで越路グループがここで冬を越すことになりますが、しかし帰らずにずっとここにいた例のハクチョウは(五羽から少し離れている)来年3月に皆と一緒に北の国へ旅立つか、どうかが問題ですね。とにかく広瀬川が少し賑やかになりました。あと、広瀬橋のグループがやってくると見に来る人々も増えてもっと賑やかになることでしょう。

 


 教会も少しは賑やかになって良いと思います。新たな人が礼拝に集うことでそれを経験することができます。けれども、もっと大事なのは誰かが来るのを待つのではなく、日頃から祈っていた家族、親友、地域の人々が礼拝に集う事を願って声をかけることです。つまり、神様から託された大切な福音伝道の使命を果たすことが一番重要であるのです。教会がここにある理由、私たちの命がまだ守られている理由は救い主イエス・キリストを人々に紹介することであるからです。福音伝道はキリスト者であるわたしたちの使命であるのです。

 

・・・・・と思ったのですが、(ハクチョウのことで)実は先日、ハクチョウのところに行ってみると四羽はいなくなり、二羽しかいませんでした。おそらくその四羽の家族は越路のところで休憩のために立ち寄ったでしょう。ここが目的地ではなかったようです。確かにいつもより早かったので不思議に思っていました。広瀬橋周辺にやってくるハクチョウは12月になってから来ていたのです。とにかく一時でも賑やかな姿を見て感謝しています。

2023年10月21日土曜日

一人よりは、二人が

 


見よ、兄弟が共に座っている。 なんという恵み、なんという喜び。(詩編133:1)

先週、広瀬川のハクチョウが一羽増えました。どこからやってきたのか、まったく分かりませんが、すぐ仲良くなり、一緒に行動するようになりました。3月からず~と一羽だったのが、一羽増えただけで広瀬川が別世界に見えました。平和です、仲間です、安心感です、希望です、未来です。今の我々人間の世界では失っている言葉です。争い、戦争、憎しみ、妬み、憎悪、不安、悩み、絶望、暗い現実だけが漂っている世界です。けれども、そういうど真ん中にイエス・キリストの十字架が付いている教会があるのです。その十字架は希望のしるしです。閉ざされている未来を切り開く光です。

イエス・キリストこそ真の希望であるのです。このイエス・キリストに頼って生きることです。すべての人に真の命を与えることが出来る方、この世界に真の平和をもたらす方を絶えず宣べ伝えながら歩む教会になることです。そういうキリスト者になることです。それが主なる神様からわたしたちに与えられた尊い使命であるのです。キリスト者はこの使命のために生きる者です。そのために神様は信仰の友を与えてくださいました。共にその使命を果たさせるためです。この友は人生最後まで一緒に歩み続ける友であるのです。一人よりは、二人が良いのです。共に生きることです。

2023年10月18日水曜日

だから生きる

 


どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(テサロニケ一5:18)

In every thing give thanks: for this is the will of God in Christ Jesus concerning you.(1 Thessalonians 5:18)

 


夜中にノアちゃんと散歩に出かけると、途中、この時期に味わえる美味しい甘い香りに出会う。キンモクセイである。その香りは風に乗って僕たちのところにやって来る。期間が短いので出来るだけ香りをいっぱい漂わせて人々に知らせる。この香りは時々自分をタイムカプセルに入れて未来ではなく、過去へと連れ戻す。大学の寮の前にキンモクセイの木があってその香りは忘れられない。人間の五感の内一番長く記憶に残るのが嗅覚という。確かにそうかも知れない。甘くて美味しい香りだ

 


今日も26キロ完走。だんだん距離を伸ばして行く。最終的には毎日30キロを走ることを考えている。祈祷会が終わって昼の散歩。大年寺階段から愛宕神社、そして広瀬川沿いへ。

ハクチョウが一羽増えた。昨日まではなかったのにその一羽はどこからやってきたのだろう。でも良かった。仲間が出来て。後二か月後には大勢の仲間たちがやってくるだろう。楽しみにしている。

 

秋は深まりつつある。そしてすぐに冬になる。

 

戦争はいつ終わるだろうか?

 

戦地では厳しい冬を迎えるだろう。

 

それぞれ異なる環境や状況ではあるが、感謝して生きよう。

とにかく生きることだ。生きることを考えて生きる。

なぜなら命を与えてくださった主なる神様が生きよう、と言われるからだ。

だから生きる。

2023年10月16日月曜日

弱い時こそ強い人

 


それゆえ、私は弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、私は弱いときにこそ強いからです。(コリント二12:10)

 


人は自分の弱さを隠し、強さを誇る傾向があります。しかし使徒パウロは反対に自分の強さを隠し、弱さを誇るというのです。なぜなら「私は弱いときにこそ強いからです。」と考えているからです。その弱さのために自分は主なる神様に頼ることが出来る、と言うのです。

人はすべてが整えられ、心配することも、悩むこともない場合、神様に頼らず自分の力で生きようとします。すべてに満足しているのにわざわざ神様の助けを求める人はいません。



けれどもそういう環境が本人にとって裁きとなり、結局、救われずに罪人して去って行くのです。イエス・キリストの救いを得られず死んでゆく人の行き先は地獄であると聖書は教えています。死んだら何もかもお終いだと言う人がいますが、決してお終いではないのです。神様の審判が待っているのです。それを聖書は繰り返して警告し、イエス・キリストによって救われる道を示しているのです。イエス・キリストによって真の命を得て生き、真の命をもったまま死ぬことです。真の命を持った人の死は葬りではありません。復活の準備のための時であるのです。この復活の信仰によって生きるのがキリスト者であります。だから苦しみの中でも、悲しみの中でも、痛みの中でも信仰と希望をもってそれらに耐えられ、前に進むことが出来るのです。人生最後までこの復活信仰によって生きることです。

Forgetting the past

 


兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、(フィリピ3:13)

Brethren, I count not myself to have apprehended: but this one thing I do, forgetting those things which are behind, and reaching forth unto those things which are before,(Philippians 3:13)

 


人は大切な時間を無駄にする場合があります。その一つが過去の失敗や過ちに対する悔いなどで時間を費やすことです。あるいは成功した過去の世界に入り、なかなか出られません。現実が待っているのに過去の出来事に酔って座り込んでいるのです。人は現実を生きる者です。過去は取り戻すことができません。未来も早く来させることも出来ないのです。その過去と未来の間を生きている者です。また、時間は止まってくれません。だから慎重に生きることが大事です。


 


言うべきこともちゃんと見分けて話し、行動することです。出来れば言うべきことも5秒間もう一度考えて話したら想像した以上の効果を得ることができます。問題になった場合、いつも思うのは、もう少し考えれば良かったとの悔いです。悔いのない人生を生きるためには心の余裕をもって歩むことです。人間が失敗するのは性急に進めるからです。今日も余裕をもって生きる事です。秋を味わいながらたまには青空を見上げ、美味しい空気をいっぱい吸い込んで心を満たし、ゆっくり歩むことです。私たちが走っても、歩いても地球は同じ速度で回るのです。もう少し全体のスピードを落として歩むことで少しは心と生活に余裕が出来ると思います。今日も生きる事です。主のために、家族のために、人々のために、そして自分のために・・・・・

 

2023年10月8日日曜日

真の光

 


あなたの太陽は再び沈むことなく/あなたの月は欠けることがない。主があなたの永遠の光となり/あなたの嘆きの日々は終わる。(イザヤ書60:20)

 


地球が滅びない限り、朝日は必ず昇ります。わたしたちが死なない限り、この朝日を見ることが出来ます。わたしたちの信仰がなくならない限り、日々注がれる神様の恵みを感じて生きることが出来ます。わたしたちの信仰の目を閉じない限り、主なる神様の恵みの光を見ることが出来るのです。そしてその光が指している方向へと進んで行くことができるのです。けれども多くのキリスト者はこの真の光に頼らず、この光が指している方向ではなく、この世のあらゆる光が指している方向へと進んで行くのです。結局のその光はイエス・キリストなしの虚しい人生へと導く光であるのです。そして最後には悔いと虚無のみを残して消えて行くのです。

 


わたしたちは日々新たに注がれる主の恵みに頼って生きることです。主が示して下さる方向だけを見て歩み続けることです。この世の価値観、生き方、金銭至上主義などの誘惑に負けず、イエス・キリストを信じる信仰によって生きることです。そのためにも絶えず主の約束が書かれている聖書を読み続け、祈り続けることです。そして毎週の礼拝を通して主の御言葉に耳を傾けることです。わたしたちは弱い者です。誘惑に負けて、倒れてしまう者です。だからこそ主なる神様のみに頼って歩むのです。主を信頼して生きることです。その御手を放さずしっかり握られたまま歩むことです。今日も、明日も、その次の日も・・・・・

2023年10月7日土曜日

虹

 

雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。(創世記9章16節)

 


神様の約束は必ず実現され、守られるものです。なぜなら神様は真実な方であるからです。旧約聖書で繰り返して約束され、預言されたメシア、その救い主を送ってくださいました。救い主イエス・キリストによって全人類の罪が赦され、救われる道が開かれました。それは昔のイスラエルとの契約によるものではないことが大きな恵みです。もしも神様の御前で正しく生きるならば救われるという契約だったならば我々の中に誰一人救われる人はいなかったことでしょう。

 


しかし、愛の神様は人間の弱さを知り、ただ信仰による救いの道を備えてくださいました。律法を行うことによる救いではなく、それを完全に行うことは不可能なことですので、可能なことを提示してくださったのです。ですから救いは神様からの一方的な恵みによる出来事であるのです。その神様の大いなる恵みに与る人は祝福された人と言えるのです。この恵み深い神様に頼って生きることです。イエス・キリストを真の希望として歩む人は幸いな人であるのです。人生最後まで真の希望であるイエス・キリストと共に歩むことです。私たちが最後まで守るべきものはイエス・キリストに対する信仰です。なぜならキリスト者は何よりも信仰によって生きる者であるからです。

 


 事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。(エフェソの信徒への手紙2章8~10節)

2023年9月23日土曜日

季節より時代を分別する知恵と力を

 イエスはまた群衆にも言われた。「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言う。実際そのとおりになる。また、南風が吹いているのを見ると、『暑くなる』と言う。事実そうなる。偽善者よ、このように空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか。」「あなたがたは、何が正しいかを、どうして自分で判断しないのか。(ルカによる福音書12章)

 


今日は秋分の日。今朝はノアちゃんと秋風に吹かれながら気持ちよく散歩が出来た。感謝。

季節が過ぎると体の感覚が新しい季節に対応するので過ぎ去った季節のことを忘れてしまう。しかし、今年の夏は格別かも。暑かった夏だった。仙台に来て一番暑かった気がする。

でも季節はめぐって来るもの。これが恵みである。秋である。木の葉っぱや空や地の模様など自然がそれを物語る。実りの秋、食欲の秋と言うだろう。

 


しかし、年を重ねると実りも、食欲もないただ寒く感じる季節となる。ある意味、寂しい季節である。緑の木の葉は落ち葉に変わり、黒い髪の毛も白髪に変わる。それが心まで弱めてしまう。これが人間の姿である。100人生の時代と言う。しかし、大事なのは長生きではない。どう生きたかが最も大事である。悔いのない人生を生きたか、どうか?を問うべきであり、残り僅かな最後の人生でも悔いのない人生のためにやるべきことをしっかり弁えて生きることが重要である。それが獣と違う人間のあるべき姿である。

 


しかし、人間は同じ過ちを繰り返し、そして最後には悔いながら死ぬ。なぜなら真の信仰がないからである。信仰する存在がないからである。さらに自分の力を越えて働き、助けてくれる真の存在がいないからである。人間が一人で出来ることはいっぱいある。同時に一人では出来ないこともいっぱいある。これを知って生きる人が本当に知恵ある人であり、賢い人である。

 


秋は走り続ける。お水なしで今朝は26キロ完走。帰りの走りは最後にハクチョウを見て帰って来る。元気で周りにはカモたちや人々も大勢いた。今日も生きよう!!!

2023年9月22日金曜日

過去を忘れずに生きる

 寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。(出エジプト記22:20)

Thou shalt neither vex a stranger, nor oppress him: for ye were strangers in the land of Egypt.(EXODUS 22:21)

 


人は環境と状況と立場が変わり、改善され、良くなるとこれまでの自分の姿を忘れてしまう傾向がある。仮に忘れなくても自分の過去を覚えて愛の手を差し出すことは安易ではない。もちろん過去の自分のことを思い、人を顧み、助ける人もいるが、そう多くはない。

 


今日の聖書は神様が命じた言葉である。イスラエルの民にとって神様の言葉は絶対である。

守らねばならない第一の規定である。にも拘らず今のイスラエルの民はパレスティナの人々を虐待し、居住地から追い出し、武力で占領しようとする。エジプトで奴隷として、寄留者として過ごしたことを忘れたためである。忘れてはならないことを、神様が繰り返して覚え続けるように命じたにもかかわらず辛い過去は忘れ、覚えようとしない。人間の本質である。

 


最近、渡り鳥の到来が話題になっている。時は必ず廻って来る。良いことだ。しかし廻って来ない時もある。あの頃、幸せだった家族の時である。また友情も、笑って過ごした時は来なくなり、身体も心も弱って頑張って生きる力も、希望も無くなり、ただ一日一日を生きるのが背一杯であると考える人々は少なくない。楽しい事もなければ、怒ることもない。ただ生きるだけ、と言う人もいる。どう生きようと時は流れて行き、皆は同じところに向かって行く。「死」。人間の終着駅は「死駅」である。大統領も、ホームレスも、健康な人も、病気の人も、有名人も、一般人も、上司も部下も、ひとりも例外なく、全員が最後に下りるのは「死駅」である。しかし・・・・・

 


キリスト者の終着駅は「死駅」ではなく、「命の駅」と言われる天の御国である。この地上でイエス・キリストを信じる信仰によって与えられた真の命がその「命の駅」で下りて天の御国へと入られる切符となる。これがあるのでどんなに苦しくてもキリストから離れず最後まで信仰を守り続けるのである。これ以上に大切なことは存在しない。マラナタ!!!

 


変わらない日々のルーティンが自分を支える力になる。目が覚めると祈り、聖書を読み、ノアちゃんと散歩をし、23キロのランニングをし、掃除をし、娘を送り、説教などの礼拝の準備をし、料理もして過ごす日々である。特別なことはないが、これが自分の人生である。一年一回、二週間のサンティアゴ祈りの旅も加えればありがたい人生であると自分は思う。今年も出かけることに・・・・その後5回行けば12回目になる。サンティアゴは卒業する予定である。別のところが決まっている。いつまで出かけるかは分からないが、自分の足でちゃんと歩ける限り、行けるでしょう。感謝

3月から広瀬川のハクチョウを観察しているのでその様子を知り合いに写真と手紙を添えて送ることも大事な仕事である。それを見て、読んで元気が出ると言われる。共に支え合いながら生きる群れである。

 


今日は0時32分に起床。目が覚めるとまず新しい命が与えられたことに感謝する。そして生きる事を考える。でもただ食べて飲んで生きる事ではない。それは考えなくても本能的に出来る事である。ちゃんと生きることを、楽しく生きる事を、幸せな一日を造るための工夫をする。この最初のボタンが順序正しく、しっかり止めることが重要である。今日も生きよう!!!歩こう!!!祈ろう!!!

2023年8月17日木曜日

季節は廻って来る

 


目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る/天地を造られた主のもとから。(詩編121編)

 


八月も半ばを迎えました。温暖化で季節が狂っているというけれども季節は必ず廻ってきます。夏の次は秋です。実りの秋です。成熟する秋です。穀物も、人も成熟して豊かな実を結ぶ季節です。ただ、穀物は自然環境によって成長し、成熟して実を結ぶことが出来ますが、人間はそういう訳にはいきません。努力が必要です。絶えず努力することが求められます。それで成長し、成熟して愛の実を結ぶことが出来るのです。これを諦めない人が愛の実の味を味わい、共に喜び、幸せを感じることができるのです。

 


広瀬川のハクチョウはもうすっかり慣れていて川で楽しく過ごしていました。友だちも出来てもう北の国には帰らないかも知れません。ここに居場所が出来て、住めば都、という感じでしょうか。でも元気でよかったです。こうして私たち人間は生き物の姿を見て元気づけられる存在です。なぜならそれも神様によって命が与えられたものであるからです。共に生きるべき存在であるからです。欲張らず、妬まず、怒らず、憎まず、すべてに感謝して今日の一日も共に生きることです。